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福岡地方裁判所小倉支部 昭和60年(ヨ)168号 決定

申請人

半田堅次

右訴訟代理人弁護士

石井将

服部弘昭

前田茂

被申請人

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

小柳正之

右訴訟代理人

本間達三

梅野義行

西沢忠芳

江龍貞雄

田中憲治

荒上征彦

蘭勝美

滝口富夫

増元明良

主文

申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は申請人に対し、昭和六〇年三月一日から本案第一審判決言渡まで毎月二〇日限り各金一六万六〇〇〇円を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、昭和六〇年三月一日から本案判決確定まで毎月二〇日限り各金一六万六〇〇〇円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

(被保全権利)

1 申請人は、昭和五三年四月一日被申請人の職員となり、同年一二月一日から被申請人門司鉄道管理局直方気動車区(以下「直方気動車区」という。)運転検修係(昭和五八年六月一日付職制改正前の職名は車両検修係)の職に就いたものである。

また、申請人は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であり、同組合北九州支部直方気動車区分会(以下「分会」という。)に所属している。

2 申請人は、昭和六〇年二月二二日当時、被申請人から、毎月二〇日に、基本給金一三万五三〇〇円、扶養手当金一万四〇〇〇円、通勤手当金二四〇〇円、住宅手当金一万四三〇〇円の合計金一六万六〇〇〇円の給与の支給を受けていた。

3 ところが、被申請人は、申請人が被申請人の職員であることを争い、昭和六〇年二月二二日以降、申請人を職員として処遇しない。

(保全の必要性)

申請人は、被申請人の職員として、その給与により生活を維持していたものであり、被申請人が申請人を職員として処遇しなくなって以来、生活費さえ不足する状態に立ち至っており、本案判決の確定を待っていたのでは回復しがたい損害を受けるおそれがある。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由のうち、(被保全権利)の1及び3の各事実はいずれも認める。

2  同(保全の必要性)の事実は否認する。

申請人は、現在、国労門司地方本部の特別執行委員として、組合業務に従事し、被申請人から支給されていた給与相当額を組合から支給されており、保全の必要性はない。

三  抗弁

1  被申請人は、申請人につき、日本国有鉄道就業規則(以下「就業規則」という。)六六条三号の「上司の命令に服従しないとき」、同条一五号の「職務上の規律をみだす行いのあったとき」及び同条一七号の「その他著しく不都合な行いのあったとき」に該当する懲戒事由があったものとして、懲戒基準規程所定の弁明弁護の手続を経た上、昭和六〇年二月二二日、日本国有鉄道法(以下「日鉄法」という。)三一条一項に基づき、申請人を、懲戒処分として免職する旨発令した(以下「本件処分」という。)。

2  処分事由

(一) 昭和五九年七月二日午前八時四五分ころ以降

(1) 直方気動車区では、昭和五八年四月実施の検修近代化及び昭和五九年二月のダイヤ改正に伴い、輸送改善と業務の効率化を図った結果、業務の遂行に通常必要な人員を超えるいわゆる余剰人員が生じた。

このため、同年三月から、同気動車区内(以下すべて同気動車区内とする。)の講習室に、余剰員三、四〇人を集め、職員の技能の質的向上を図ることを目的として、勤務時間内に、車両検査長等により再教育を実施しており、これを余剰員教室と称していた。同教室の勤務時間は、午前八時四五分から午後五時二〇分までである。

(2) 同日、同気動車区の辻本光則助役、鶴田義邦助役及び前田忠助役が、勤務開始時刻前に余剰員教室に赴き、始業のチャイムが鳴るとともに、鶴田助役が点呼を始めようとしたところ、申請人ほか一三人の職員が、チャイムと同時に入室し、緩慢な動作で出務表に順次捺印した。八時五〇分ころ、同助役が点呼を開始して、起立の号令をかけ、各職員の氏名を呼び上げたが、誰も起立せず返事もしなかった。

(3) 点呼終了後、鶴田助役は、当日、構内勤務から余剰員教室に復帰した七人のうち、構内勤務の際使用したロッカーの荷物を所定のロッカーに移していない四人に対し、個別に荷物の移動を通告しようとし、まず、運転検修係の内山完造に対して右通告を終えたところ、申請人ら七、八人の職員が、同助役らを取り囲み、「今日の俺の勤務は何か」と詰め寄り、勤務表を見れば明らかであるとの返答に対しても、「俺は何も聞いておらん」「時間割の内容の説明をせんか」などと怒鳴った。これに対して、鶴田助役が業務を妨害しないよう告げたところ、申請人らは、「何が妨害か」「きさん、どこが妨害か」と大声で怒鳴り、他の職員らも、口々に「何でロッカー空けなならんのか」「おまえ達で持ってこい」などと怒鳴り、室内は騒然となった。

(4) この騒動は、同室から約四〇メートル離れた別陳の第二庁舎事務室まで聞こえたため、同気動車区の矢野誠区長、矢加部弘茂首席助役及び黒尾丸稔事務助役が余剰員教室に駆け付け、職員らの怒号で大混乱となっていた同室内において、同首席助役が、職員らに対し、静かにして席に戻るよう大声で指示したところ、申請人は、「何を」「こらあ、ちゃんと業務指示をせんか」と怒鳴り、他の職員らもこれに呼応して、室内は更に騒然となったので、同首席助役は、他の助役らに引き上げるよう命じ、区長以下各助役は、同室を九時ころ引き上げた。

ところが、申請人ほか二人は、区長らを追って階段上の踊り場まで来て、申請人が、「おいこら待て」「助役と区長とどちらが上か返事せろ」などと罵声を浴びせた。

このため、前記四人に対してロッカー整理の業務指示ができなくなった。

(二) 同月六日午前八時四五分ころ以降

(1) 午前八時四五分、矢野区長、辻本助役、前田助役ら立会いの下、鶴田助役が点呼を始めようとしたところ、前記同様、申請人ほか八人の職員が入室してきて、緩慢な動作で出務表に順次捺印を始めた。申請人らが席に付いた八時五〇分ころに至り、鶴田助役が点呼を始め、起立の号令をかけたが、誰も起立せず、呼名に対しても返事をしなかった。

同助役が、やむなくそのまま点呼を始め、ワッペン等の着用は服制違反である旨、また、七月六日、七日にかけての計画されている闘争は違法であり、厳しく責任を問われることとなるので、良識ある行動をとるべき旨警告して、点呼を終了した。

(2) この直後、職員の一人が、「鶴田さん、良識ある行動とは何か、具体的に説明せろ」と大声を上げ、申請人も、「そうだ、説明せんか」と大声で怒鳴り、矢野区長が、世間の常識で考えるよう言ったのに対しても、申請人らは、「何を」「馬鹿か」などと大声で喚いた。

(三) 同日午後〇時二〇分ころ以降

(1) 午後〇時二〇分ころ、門司鉄道管理局指令員から、第二八四〇D列車のATS(自動列車停止装置)が故障したので、同列車の直方駅到着時(午後〇時五六分)に修繕すべき旨の連絡を受けた同気動車区の西坂正義助役は、〇時三〇分ころ、同区の森和男車両検査長を介して、車両検査係の天野泰志及び石井則秋に対し出張を命じたが、天野はこれを拒否した。そこで、西坂助役は、鶴田助役及び前田助役とともに、検修庫内の機動班詰所前に赴き、集会に参加していた天野に対して出張を命じたところ、天野は、これを拒否し、申請人ら一四、五人の職員が、助役らを取り囲んで、口々に「何しにきたのか」「帰れ」などと怒鳴り、業務命令の伝達できない状態となった。

(2) 〇時三五分ころ、矢野区長、矢加部首席助役、辻本助役、黒尾丸助役らが同所に赴き、同首席助役が天野に対し出張意思の有無を確認しようとしたのに対しても、区長らを取り囲んでいた申請人らは、〇時四五分ころ天野と石井が出張に出発するまでの間、こもごも「あほか、帰らんか、帰れ」「こら矢加部、馬鹿たれが」「何しよるんか、おまい達、帰れ」などと、殊更区長らの耳元に口を近付けて、大声で暴言、罵声を浴びせ続けた。

(四) 同月二五日午前八時四五分ころ以降

(1) 午前八時四五分ころ、辻本助役、鶴田助役及び前田助役らが余剰員教室に赴き、鶴田助役が、当日勤務でない申請人ほか六人の職員に対して退室を命じたところ、申請人は、「あんた業務指示するんやろうも、早く始めない」と大声で叫び、更に、同人らは、「点呼を早く始めない」「早く始めない」などとしつこく怒鳴り続け、退去通告に従って退室することを拒否した。

(2) 八時五〇分ころ、鶴田助役は、申請人らが在室したまま点呼を始め、呼名の後、ワッペン等を着けている職員に対してこれを外すよう通告して点呼を終えたところ、申請人らは、こもごも「何がワッペン外せか」「偉そうに言うな、このう」などと大声で怒鳴り、室内は騒然となった。

この騒ぎを聞き付けた矢野区長、矢加部首席助役及び黒尾丸助役が同室に赴き、同首席助役が、職員らに対して静粛にするよう指示したところ、申請人が、「何か、馬鹿か、こら矢加部、何か」と怒鳴り返し、更に同区長に対しても、「おまえが区長か、馬鹿たれが」と怒鳴り、他の職員らもこれに呼応して同様の罵声を浴びせた。

八時五五分ころ、同区長らが同室を出て区長室に帰っているときも、申請人ほか二、三人の職員は、階段のところまで追いすがってきて、「何か、矢加部、馬鹿か」「おい、ちょっと待て、矢加部、おまえのかあちゃんも泣きよるぞ」「子供が泣きよるぞ」などと罵声を浴びせ続けた。

(五) 同年八月一〇日午前八時四五分ころ以降

(1) 矢野区長、辻本助役、鶴田助役らが余剰員教室に赴き、午前八時四五分、鶴田助役が点呼を始めようとすると、申請人ほか一〇人の職員が入室してきて、緩慢な動作で出務表に捺印を始めた。そのうち、運転検修係の野見山克己が同人の無届欠勤のため前日の勤務が出務表上「不参」とされているのに気付き、申請人らも、「何で不参になっちょると」と言い、更に同区長に対し、「なしや」などと言って詰め寄り、同区長から無届けで欠勤すれば不参扱いになる旨告げられると、申請人は、「連絡あったやねえな、あんた」と食ってかかってきたので、同区長は、連絡がなかった旨答え、鶴田助役に点呼開始を促した。

八時五〇分ころ、鶴田助役は、点呼を始め、起立の号令をかけたが、職員二三人のうち申請人ほか一五人の職員が、立席もせず、呼名に対しても返事をしなかった。

(2) 点呼の終了直後、申請人らは、「野見山は病院に行くと連絡を聞いとろうが」「聞いてないことなかろうが」と鶴田助役に詰め寄り、同助役がこれを否定すると、申請人らは、「聞いとろうが」「聞いてないことなかろうが」と大声を上げ、多数の職員もこれに呼応して、「何を言うか」「何だ、この野郎」などと罵声を上げ、室内が混乱した。

そこで、同区長は、助役らに退室を命じ、同室を出て区長室に戻ろうとしたところ、申請人ほか八人の職員が、同区長らに付きまとい、申請人が、「こらあ、待たんか、こらあ」と怒鳴り、更に同人らは、「何でなあ」「逃げるなあ、こっち来い、この野郎」などと喚き散らしながら第二庁舎二階の運転室前まで来た。

辻本助役は、あまりにもしつこく付きまとう申請人らに対し、持ち場復帰を指示し、これに従わないときは否認(欠務扱い)にする旨警告したが、申請人らは、「ふざけんな、おまい」「ふざけんな、この野郎、ちょっとこっち来てみい」などと大声で叫んでいたが、助役らが退去通告を繰り返したところ、九時ころに至り、「覚えておれ」と捨てぜりふを残して、余剰員教室の方に戻っていった。

(六) 同日午前九時ころ以降

午前九時ころ、矢加部首席助役、辻本助役及び諧利夫助役が、分会事務所横の自転車置場で、縦約一八センチメートル、横約二六センチメートルの赤布がハンドルに結びつけられた四台のバイクの車両番号を控えていたところ、申請人、車両検査係の松田実ほか二人の職員が右助役らを取り囲み、同首席助役に対し、申請人が、語気鋭く「何しよっとな、何しよっとな」と詰め寄り、松田が、「おまえの子供は気違いになりよろうが」と同首席助役を侮辱し、申請人も、「それでも親か」とあざ笑った。

同首席助役がこれに取り合わずその場を離れようとしたところ、申請人は、「何か、待て、馬鹿か」と叫ぶとともに、松田は、辻本助役に対し、「おい辻本、馬鹿、脳足りん、おい、インポ、馬鹿たれ」などと聞くに耐えない言葉を浴びせ、更に「おまえの中学生の子供が泣くぞ」などと言ったが、助役らは、これ以上取り合わず、九時二〇分ころ、この場を引き上げた。

(七) 同日午後四時四五分ころ以降

(1) 午前八時四五分ころの構内巡視の際、矢加部首席助役らは、自転車置場に駐車中の職員の乗用車一五台のアンテナ及びバイク等六台のハンドルに赤布が掲出されているのを発見した。

そこで、午後四時二五分ころ、黒尾丸助役が職員らに対して赤布の撤去を命じる構内放送を二回行ったが、職員らはこれに応じなかったため、当局の手で撤去することとし、四時四五分ころ、同首席助役ほか四人の助役、門司鉄道管理局からの派遣職員らが、第二庁舎資材事務所裏に行き、辻本助役が同所に駐車中の乗用車一台から赤布を撤去したところ、申請人ら四、五〇人の職員が、右助役らを取り囲み、口々に「何しよるとか」「泥棒」などと、意識的に助役らの耳元に口を近付け大声で叫び続けた。

同首席助役が職員らに対し持ち場復帰を指示したが、申請人らは、「出たら目なことをするな、返さんか」「誰んとか分かっとやろ」と叫び続けた。

(2) 続いて、辻本助役が二台目の乗用車から赤布を撤去しようとしたところ、申請人らは、同助役の耳元で、「辻本、出ていけ」「馬鹿野郎」などと大声を出してこれを妨害し、同助役からの持ち場復帰の指示に対しても、申請人らは、「何を、辻本の馬鹿」「泥棒」「辻本、謝れ」などと絶叫し、その場が険悪な状態となったが、この騒ぎを聞き付けてこの場に駆け付けた矢野区長の指示により、四時五五分ころ、助役らは引き上げた。

(八) 同月一一日午前八時五〇分ころ以降

(1) 午前八時五〇分ころ、辻本助役、鶴田助役及び前田助役が余剰員教室での点呼を終えて退室しようとした際、野見山が鶴田助役に「九日の診断書です」と封書を差し出し、同助役が受領を拒否したところ、同室にいた職員らが、一斉に大声で「何でや」「受け取れ」などと罵声を浴びせ、さらに、退出する同助役らを追って、申請人ら一五、六人の職員が、「こらあ、鶴田待て、こらあ」「ちょっと待てと言っとるっちゃ」などと怒鳴り、辻本助役が持ち場復帰を指示したにもかかわらず、申請人らは、「こらあ、なんなっちゃ」「診断書を持ってきても受け取らんということやな」などと怒鳴って同助役に詰め寄り、第二庁舎の階段下で同助役らを取り囲んだ。

(2) 同庁舎二階の区長室で執務していた矢野区長、矢加部首席助役らがこの騒ぎを聞き付け同所に赴き、申請人らに対し、持ち場復帰を指示したが、申請人は、「おい鶴田、受け取れ」「なし関係ないか、何で診断書を取らんとか」などと怒鳴った。

このころ、松田実も加わり、同首席助役らに対し、「おい矢加部、おまい」「診断書は受け取らんやろ、黒尾丸さんなあ」などと騒ぎ立て、同区長が、「連絡もせんで休めば不参になるのは当たり前だ、あんた達は持ち場に帰りなさい」と言ったのに対し、申請人は、「俺達は死んでも関係ないのか、朝、病院に行ったら、どうしようもないやろうが」「鶴田の馬鹿たれ」と罵声を浴びせ、申請人らは、余剰員教室の方へ引き上げた。

(九) 同年一二月六日午後五時二五分ころ以降

(1) 午後五時二五分ころ、区長室に来た一四、五人の職員が、出入り口の戸(アルミサッシ製、上半部ガラス)が施錠されていたため、中にいた辻本助役に対し、「ここを開けろ」「こらあ、鍵を締めやがって」などと、戸を蹴ったりしながら喚き散らした後、「ようし、検修へ行くぞ」「辻本の馬鹿たれ」と言って、区長室から引き上げた。

辻本助役から電話連絡を受けて、前田助役及び鶴田助役が技術管理室から退避する途中、松田実ほか約二〇人の職員が、両助役を取り囲んで、罵声を浴びせ、その通行を妨げた。

このような状態のまま、両助役が第二庁舎二階の乗務員室入口前まで来たところ、職員らが入口の戸を閉めるなどして両助役の入室を妨害し、更に、ようやく乗務員室に入った両助役に続いて、職員らも同室に入り込み、助役らの再三にわたる退去命令にも応じることなく、執拗に、助役らに対して暴言、罵声を浴びせ続けた。

(2) こうした騒ぎを聞き付け、資材事務室における事務係に対する余剰人員調整策の説明会を打ち切り、乗務員室に隣接する運転室に入った矢加部首席助役は、乗務員室で助役らに暴言、罵声を浴びせている職員らに対し、運転業務の妨害となるので全員退出するよう大声で通告したが、職員らは、こもごも「何が妨害か」「どこが妨害か」「何か、きさん」などと、大声を出して同首席助役に詰め寄った。その後、同首席助役らは、何度も退去を命じたが、約二〇人の職員によって、運転室の点呼場に押し込まれるに至った。そのため、当時、運転室では、上野恒彦助役が気動車運転士に対する点呼を行っていたが、右職員らの大声のため、点呼を続行することができなくなり、点呼を打ち切った。

なお、運転室は、気動車運転士に対し、列車運転上の注意事項及び列車運転状況を伝達する場所であり、かつ、門司鉄道管理局との直通電話により列車の運転状況を連絡する場であるから、列車運行の安全と正確を期するため、常に静ひつを保つ必要がある。そこで、同首席助役は、右の状態では同所における業務に支障を来たすと判断して、同気動車区の島田哲朗運転助役に対し、鉄道公安室への連絡を指示した。

(3) 申請人は、職員らの前面で、同首席助役や辻本助役に対し、「馬鹿野郎、きさん」「何か、きさん」「何か、おまえが出れ」などと怒鳴り散らし、同人と向きあっていた島田助役が、同人に対して業務妨害となるので退出するよう通告したのに対しても、「何か、おまいが出れ」と大声で怒鳴り返し、同助役が申請人に対して再び退出を命じたところ、申請人は、身体を同助役に押し付ける格好で、「おまえはどこの誰か、どこの助役か、名前を言え」と大声で執拗に食いついてきた。さらに、島田助役が、運転業務を妨害しないで退出するよう命じたところ、申請人は、胸と腹とを突き出して、「おまえは誰か、どこの助役か、この馬鹿が」と叫ぶや否や、唇を尖らし、同助役の顔面より約一五センチメートルの距離から唾を吐きかけ、唾は同助役の左頬にべっとりかかり、制服の左肩及び左胸に流れかかった。

(4) なお、同日、職員らが区長室等に押し掛ける原因となった同月四日の余剰員教室における余剰員調整策の説明会の経緯の概要は、次のとおりである。

同日、午前八時四五分からの余剰員教室での点呼の際、点呼執行者である前田助役は、同日午前一〇時から右説明会を聞く旨通告した。

一〇時ころ、矢野区長、矢加部首席助役、黒尾丸助役、辻本助役及び前田助役が、余剰員教室に赴き、同区長が右説明会を始める旨告げたところ、職員らが、一斉に、「今朝の業務指示で何も聞いていない」「強制やないか」「何が説明しますか、このあほう」などと大声を出し、室内が騒然となり、同区長らの再三の注意に対しても、職員らは、「何が静かにしなさいか、このう」「一方的なこと言うな」などと大声をあげて妨害をするので、区長らは、業務妨害を止めるように注意するとともに、妨害者は否認とする旨警告した。それでもなお、職員らは、大声で怒鳴り散らしていたが、一〇時三五分ころになって、やや静かになり、黒尾丸助役が説明を始め、一〇時四五分過ぎに説明を終え、引き続き質問を受けたが、職員らが説明内容にかかわりのない質問ばかりするので、区長は、一一時、説明会の終了を告げた。

そして、同首席助役及び辻本助役が同教室から出て、続いて同区長が退室しようとした際、職員らは、「待て」と言って、二人が腕組みをして出入り口をふさぎ、約八人の職員が、同区長に体を押し付けるようにして取り囲み、同区長を身動きできない状態にして、「まだ説明は終わっていない」「まだ質問がある」などと、同区長の耳元で大声をあげた。そして、この状態は、同首席助役らが必死で職員らを排除し区長を助け出すまで、約三分間続いた。

同区長らが引き上げる際にも、職員ら約二五人がしつこく付きまとい、同区長らが再三持ち場復帰を命じても、暴言、罵声を繰り返す状態であり、一一時五分ころ、職員らはようやく引き上げた。

そのため、右の騒動に参加した職員らは、それぞれ否認扱いとなった。

3  以上のとおり、申請人は、再三にわたり、業務妨害及び上司に対する暴言、罵声を浴びせる行為を行い、殊に、助役の顔に唾を吐きかける行為は、社会常識に照らしても、常軌を逸しており、申請人の右行為は、就業規則六六条三号、一五号、一七号に該当すること明らかである。

4  したがって、申請人に対する本件処分は有効であり、申請人は、昭和六〇年二月二二日以降、被申請人の職員たる地位を有しないものである。

四  抗弁に対する認否及び申請人の反論

1  抗弁1の事実は認める。

2(一)  抗弁2の(一)のうち、申請人が怒鳴り声を発したとする点は否認する。

当日の申請人の言動は、いずれも新たに余剰員となる内山らに対する七月以降の勤務指定を怠り、内山らからの勤務内容に関する質問に対しても不誠実な対応をとる区当局に対する抗議に過ぎない。

(二)  同2の(二)について

出勤の有無は出務表により確認でき、点呼の意味は余りない。また、申請人らの言動は、国労の方針と指示に基づく闘争について、暗に国労の方針に従わないよう強く示唆する助役に対する国労組合員としての当然の求釈明、抗議行動である。

なお、(二)の事実は、弁明弁護手続の中では触れられなかったものである。

(三)  同2の(三)のうち、天野が出張修繕の業務命令を拒否したとする点は否認する。

検修職員の派遣要請は午前一一時三〇分ころであり、集会は通常午後〇時四〇分ころには終了していたこと、天野は昼休み集会終了後出張に行く旨答えており、それで十分間に合うことからすると、数名の管理者が、集会を妨害する形で、直接分会長である天野に向かって割り込み、命令を伝達するまでの必要性はなかったのであるから、本件は、当局が敢えて挑発的に集会中を狙って業務指示を行おうとして、自ら招いた混乱である。

(四)  同2の(四)のうち、申請人が大声をあげたり怒鳴ったとする点は否認する。

矢加部首席助役は、当日余剰員教室にはいなかった。また、非番の申請人が余剰員教室にいたのは、当局から、「呼び捨て点呼」「立席」の強要などの点呼に名を借りた職員への威圧行為、組合活動に対する介入行為が繰り返し行われており、かかる悪質な行為の中止を求めるための確認行為をしたに過ぎず、しかも、点呼自体には支障がなかった。

(五)  同2の(五)について

申請人らの行為は、野見山が同僚を通じて病欠の届け出をしたのに、当局がこれを認めず、不参扱いにしたという理不尽な姿勢に対し、説明を求め、抗議したものに過ぎない。

(六)  同2の(六)のうち、申請人が「馬鹿」と言ったとする点は否認する。

申請人の「それでも親か」との発言は、通勤用車両の組合活動のための使用禁止など規制強化を図る当局の姿勢に対する、親心を持って常識的に対応してほしいとの願いから出たものであり、業務妨害もなかった。

(七)  同2の(七)について

申請人らの行動は、職員が自分の車のアンテナに付けた小さな赤布を、当局が公安官を動員して撤去しようとしたことに対する当然の抗議であり、かつ、辻本助役が宮崎を押し倒したことに対する謝罪要求に過ぎない。

(八)  同2の(八)のうち、申請人が「馬鹿たれ」と言ったとする点は否認する。

申請人らの行動は、職員が持参した診断書の受領を助役が不当に拒否したことに端を発するすべての職員の怒り、要求の現われである。

(九)  同2の(九)のうち、申請人が島田助役に唾を吐きかけたとする点は否認する。

申請人による唾の吐きかけ行為があったとすると、昭和五九年一二月六日の行為が他の行為に比べて異様に突出することとなり、また、面識のなかった島田助役に対し唾を吐きかけるべき動機が明らかでなく、しかも、管理者多数の監視の下で、殊更処分をかってでるような行為を敢えて行うとは、到底考えられないほか、大声で島田助役と怒鳴り合っていた申請人が、同助役の左頬にべったりかかる程の大量の唾を吐きかけたり、左頬の唾が左肩や左胸に落ちることは、経験則に照らしあり得ないなど、極めて不自然である。しかも、同助役がその直後に無意識に顔を拭おうとしていることからすると、口論の際に唾液の飛沫が飛んだと見るのがより自然である。

また、一二月四日の職員らの行動は、当局が、国労との団交打ち切り後に、「職員の派遣、職員の申し出による休職の取扱い(退職前提休職と復職前提休職との区別)、退職制度の見直し」という三項目提案の説明会に強制的に参加させたことに対する質問のためのものであり、同月六日の申請人らの行動は、右のような四日の行動に対し、否認扱いとした当局の姿勢に対する求釈明と撤回要求のためのものに過ぎない。

なお、被申請人が事件直後に作成された原資料として提出した疎乙第二八ないし第三四号証、第三五号証の一ないし一〇(直方気動車区管理職の上司宛報告書)は、いずれも、疎乙第一ないし第五号証(同気動車区管理職の裁判所宛陳述書)に大きく遅れ、裁判所の提出指示からも一箇月以上も経過してから提出されており、しかも、組合役員でもなく昭和五九年一二月六日前には他の被処分者に比べて言動が穏健であった申請人を中心に据えてすべて作成されているほか、被申請人の内部の者には周知の事項につき敢えて説明を加えるなど、外部の者の読むことを予定した記載があり、本裁判のため作成日付を偽り後刻作成された疑いのある文書であって、信用性がない。

特に、疎乙第三五号証の一ないし一〇(昭和五九年一二月六日の事件に関する報告書)は、次のとおり、いずれも全管理職が打ち合わせの上、本裁判のために作成された文書であることが明らかであり、信用できない。

〈1〉 同号証の一(矢野区長作成)は、同区長作成の他の報告書(疎乙第二八ないし第三四号証)と書式が統一されていない。

〈2〉 同号証の二(島田助役作成)は、同助役作成の他の報告書(疎乙第三号証)に比べ、申請人の言動に関する記載が簡略になり、しかも、申請人からの主張を意識したと思われる記載の変更が行われている。

〈3〉 同号証の三(矢加部首席助役作成)は、唾の吐きかけ行為の現認者を敢えて記載し、また、松田実に対する傷害行為につき、刑事告訴もされていない時点で詳細に弁明している。

〈4〉 同号証の四(辻本助役作成)は、島田助役と申請人との言い争いを現認しながら、唾の吐きかけ行為を現認していないとするのは不自然である。

〈5〉 同号証の五(前田助役作成)は、唾の吐きかけ行為を目撃したとするが、当時の島田助役と申請人との距離(約一五センチメートル)及び前田助役の位置(島田助役の右後方)からすると、目撃するのは不可能である。

〈6〉 同号証の七(上野恒彦助役作成)及び九(馬場弘信助役作成)は、「首席助役が…現認のために島田助役を回した」とする点は、同助役が、「その場に立ちつくした」とか「じっとしていた」とし(疎乙第三号証、第三五号証の二)、矢加部首席助役が、「そのままでおれと指示した」と報告している(同号証の三)ことと矛盾している。

五  再抗弁

本件処分は、次のとおり、裁量の範囲を著しく逸脱したものであって、違法無効である。

1  本件の背景として、申請人らが、被申請人当局により一方的かつ大量に作り出された余剰員に組み込まれ、本来の仕事も、諸手当も、時間外労働もない非人間的な取扱いを受け、将来への展望もない不安な状況に置かれていたこと、しかも、直方気動車区当局が、余剰員の実態を改善しようとすることなく、業務指示及び業務命令により、職員の不満や不安を一方的に押さえ付けようとしたこと、さらに、本件で繰り返し紛争の場となった朝の点呼も、出勤の有無は出務表により確認でき、点呼の事実上の意味は余りないにもかかわらず、当局が、職員に起立及び「はい」との返事を強要し、質問を一切封じ、不必要に強圧的態度を取っているなどの事情があり、本件処分を評価するに当たっては、右のような背景事情を十分考慮すべきである。

2  本件処分行為は、いずれも申請人の個人的行動ではなく、すべて当局の不当な対応に端を発する職員らの集団的行動であり、しかも、申請人は、被申請人主張のような組合役員と同様の中心的存在ではなく、単なる一組合員に過ぎない。また、申請人の行為は、いずれもささいなものであり、業務妨害にも当たらない。しかも、申請人の処分歴は、すべて組合の指示に基づき他の組合員とともに受けた処分であり、他の組合員に比較して、特に重く処分すべき処分歴とは言えない。

3  懲戒免職は、その余の懲戒処分とは異なり、労働者を企業から排除し、その者に精神的、経済的に重大な不利益を与える処分であるから、免職処分の選択に当たっては、他の処分の選択に比較して、特に慎重な配慮を要するものであるところ、本件処分は、処分行為の日から二週間足らずの経過後になされたものであり、一罰百戒を目的として、発令を急いだことが窺われ、到底慎重かつ厳格な処分裁量が行われたとは言えず、その結果、客観的妥当性、合理性を欠いた著しく苛酷なものとなったのであり、本件処分は、懲戒権の濫用であり無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁の主張はいずれも争う。

申請人は、前記主張の数々の悪質な非違行為を犯しているのであり、被申請人が置かれた現在の状況に鑑みても、本件処分は、誠に相当であり、何らの瑕疵もない。

理由

一  申請の理由のうち(被保全権利)の1及び3の事実及び抗弁1の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、申請の理由のうち(被保全権利)の2の事実は、疎明により認められる。

二  そこで、まず、処分理由とされた行為の存否につき判断する。

疎明によれば、以下の事実が認められる。

1  昭和五九年七月二日午前八時四五分ころ以降

(一)  昭和五九年二月以降、直方気動車区は、三、四〇人の余剰人員を抱えており、講習室が、同気動車区の業務から外れたいわゆる余剰員の詰所とされ、同室において、余剰員の再教育のための余剰員教室が開かれていたが、同日、辻本光則助役、鶴田義邦助役及び前田忠助役が、余剰員教室を開く前の点呼のため同室で待機していたところ、余剰員である申請人ほか一三人の職員が、午前八時四五分の始業チャイムと同時に入室してきて、緩慢な動作で出務表に順次捺印し、八時五〇分ころ、ようやく全員が席に付いた。

そこで、八時五〇分ころ、鶴田助役は、全員の着席を確認した後、起立の号令をかけ、各職員の氏名を呼びあげたが、誰も起立せず、全員が座ったまま「出勤」とのみ答えた。

(二)  点呼終了後、鶴田助役は、当日、構内勤務から余剰員教室に復帰した七人のうち四人の荷物が構内詰所のロッカーに残されていたため、まず、運転検修係の内山完造に対し、ロッカーの整理を指示したところ、内山が、「今日の俺の勤務は何か」と同助役に詰め寄り、申請人ら七、八人の職員も、同助役を取り囲み、「今日の勤務は何か」とこれに同調した。

これに対し、同助役が、「勤務表を見てもらえば分かる」と答え、再び内山にロッカーの整理を指示したところ、内山が、「俺は何も聞いていない」と怒鳴り、同じく運転検修係の片山毅も、「あんた達は勝手なことばかり言いなんな、今日の業務指示を何でせんか、時間割の内容の説明をせんか」などと怒鳴った。

(三)  これに対し、鶴田助役が、「関係ない」「指示されたとおりすればよい」と答え、大声で怒鳴る職員らに業務を妨害しないよう繰り返し注意したところ、申請人は、同助役の耳元で「何が妨害か」「きさん、どこが妨害か」と大声で怒鳴り、内山ら他の職員も、「何が妨害か、こらあ」「誰が妨害しよるんかあ」「何でロッカー空けなならんのか」「おまえ達で持ってこい」などと怒鳴り続け、室内は騒然となった。

この騒ぎを聞きつけて、同気動車区の矢野誠区長、矢加部弘茂首席助役及び黒尾丸稔助役が余剰員教室に駆け付け、矢加部首席助役が、職員らに向かい、大声で、着席して静粛にするよう指示したが、申請人は、「何を」「こらあ、ちゃんと業務指示をせんか」と怒鳴り、他の職員らもこれに呼応したため、手の付けられない状態となり、同首席助役らは、職員らと応答していた同区長を制止して、全員同室から退室した。

(四)  そこで、申請人、片山及び運転検修係の松田哲芳は、「おいこら待て」などと叫びながら、余剰員教室から引き上げようとする矢野区長、矢加部首席助役らに追いすがり、申請人は、同区長らに対し、「助役と区長とどちらが上か返事せろ」と罵声を浴びせた。

(五)  申請人らの前記各行為の結果、内山以外の者に対するロッカー整理の業務指示ができなくなり、当日は、ロッカーの整理が全く行われなかった。

2  同月六日午前八時四五分ころ以降

(一)  矢野区長、辻本助役、鶴田助役、前田助役及び門司鉄道管理局派遣の点呼立会人二人が点呼のため余剰員教室で待機していたところ、余剰員である申請人ほか八人の職員が午前八時四五分の始業チャイムと同時に入室してきて、緩慢な動作で出務表に順次捺印し、八時四八分ころ、ようやく全員(二六人)が席に付いた。

そこで、鶴田助役は、全員の着席を確認した後、起立の号令をかけたが、誰も立席しなかった。そのため、同助役は、立席しない者及び返事のない者は業務命令違反として確認する旨注意したが、誰も起立せず、呼名に対しても返事をしなかった。

(二)  引き続き、鶴田助役が、ワッペン等の着用は服制違反であり、直ちに取り外すように、また、七月六日、七日にかけて予定されている国労の闘争に際しては、良識ある行動を求める旨警告したところ、内山が、「鶴田さん、良識ある行動とは何か、具体的に説明せろ」と大声をあげ、申請人も、「そうだ、説明せんか」と怒鳴り、室内は騒然となった。

これに対し、矢野区長が、世間の常識で考えるよう求めたのに対しても、申請人、内山ほか二、三人が、ほぼ同時に、「何を」「馬鹿か」と喚いた。

3  同日午後〇時二〇分ころ以降

(一)  午後〇時二〇分ころ、門司鉄道管理局指令員から直方気動車区に、博多駅発折尾駅行の列車のATS(自動列車停止装置)が故障したので、修繕のため、同列車が直方駅に到着する〇時五六分までに、同駅に検修職員を派遣されたい旨の指令が入った。そのため、同気動車区の西坂正義助役は、職員派遣のためのタクシーを手配するとともに、〇時三〇分ころ、同区の森和男車両検査長を介し、車両検査係の天野泰志及び石井則秋に対して出張を命じたが、天野は、今は休憩時間であり、集会が終われば行く旨答え、直ちに出張することを拒否した。

(二)  そこで、西坂助役は、鶴田助役及び前田助役とともに、検修庫内の機動班詰所前で職員四、五〇人により開催されている集会場所に赴き、これに参加していた天野に対して直ちに出張するよう命じたが、天野は、「俺の休憩時間だ」「俺の自由時間だ、関知される必要はない」などと怒鳴って応じず、これに呼応して、申請人ら一四、五人の職員が、右助役らを取り囲んで、こもごも「何しにきたのか」「帰れ」などと怒鳴り、周囲の職員もこれに合わせて怒号した。

(三)  〇時三五分ころ、連絡を受けて、矢野区長、矢加部首席助役、辻本助役、黒尾丸助役及び門司鉄道管理局派遣職員二人が現場に駆け付け、矢加部首席助役が、天野に対して直ぐに出張するよう促したところ、天野は、「俺の自由時間だ」と答え、申請人が、「何しよるんか、おまい達、帰れ、邪魔するな」と怒鳴り、その余の職員らも、「何だ、おまえら帰れ」「こら矢加部、何かこらあ」「集会を妨害するな」などと罵声を浴びせ続け、〇時四四分ころ、タクシーが到着して天野がこれに乗り込むまで、右の混乱状態は続いた。

4  同月二五日午前八時四五分ころ以降

(一)  辻本助役、鶴田助役、前田助役及び門司鉄道管理局派遣の点呼立会人一人が余剰員教室に赴き、鶴田助役が、午前八時四六分ころ点呼を始めようとしたところ、当日勤務者でない申請人ほか六人の職員が私服で入室していたので、右の七人に対し退室を求めたが、申請人は、「関係ない、あんたたち業務指示するんやろうも、点呼を早く始めない」と大声で言い、その後も、申請人らは、辻本助役や鶴田助役からの退室命令に応じることなく、なおも、「点呼を早く始めない」「早く始めない」などとしつこく言い続けた。

(二)  そのため、鶴田助役は、やむなく申請人らが在室したまま、八時四八分ころから点呼を始め、ワッペン等を着けている職員に対してこれを外すよう求めたところ、点呼終了直後の八時五〇分ころ、申請人らが、口々に「何がワッペン外せか」と叫び、内山らも、「偉そうに言うな」「何が妨害か」などと大声で怒鳴ったため、室内は騒然となった。

(三)  このような余剰員教室における混乱発生の連絡を受けて、矢野区長、矢加部首席助役及び黒尾丸助役が同室に駆け付け、同首席助役が、静粛にするよう大声で指示したのに対し、申請人が、真っ先に「何か、馬鹿か、こら矢加部、何か」と怒鳴り返し、矢野区長に対しても、「おまえが区長か」「馬鹿たれが」と怒鳴り、他の職員らも、同区長らに対し口々に罵声を浴びせて混乱したため、同区長の指示により、管理職は全員同室から退室した。

(四)  ところが、申請人ほか二、三人の職員は、矢野区長らが余剰員教室から引き上げる際にも、途中まで追いすがり、「何か、矢加部、馬鹿か」などと罵声を浴びせかけた。

5  同年八月一〇日午前八時四五分ころ以降

(一)  午前八時四四分ころ、矢野区長、辻本助役、鶴田助役及び門司鉄道管理局からの点呼立会人一人が点呼のため余剰員教室に赴き、八時四五分の始業チャイムが鳴り、点呼を始めようとしたところ、申請人ほか一〇人の職員が入室してきて、緩慢な動作で出務表に順次捺印を続けていたが、運転検修係の野見山克己が、捺印の際に、同人の前日の勤務認証が「不参」(無届欠勤)扱いとされていることに気付き、辻本助役に対し、「不参になっとる」と文句を言った。

これを聞き付け、申請人、運転検修係の宮崎陽行らが、矢野区長及び辻本助役に対し、「何で不参になっちょると」「何でちゃ」などと詰め寄り、矢野区長が、連絡はなく、無届けで欠勤すれば不参になる旨説明したのに対しても、申請人は、「連絡あったやねえな、あんた」と食ってかかった。

(二)  鶴田助役は、矢野区長の指示により、点呼を行うため起立の号令をかけたが、職員二三人のうち申請人ほか一五人の職員は、これを無視して立席しなかった。そのため、同助役は、立席しない者及び返事のない者は業務命令違反として確認する旨注意したが、同人らは、なおも起立せず、呼名に対しても返事をしなかった。

(三)  点呼終了直後の八時五三分ころ、宮崎が、鶴田助役に対し、「野見山は病院に行くと連絡を聞いとろうが」と再び文句を言ったので、鶴田助役が、「休みの申込みの話は聞いていない」と答えたところ、申請人、宮崎ほか二、三人の職員が、「聞いとろうが」「聞いてないことなかろうが」と大声で同助役に詰め寄り、他の職員らもこれに呼応して室内が騒然となって、収拾の付かない状態となった。

(四)  そのため、矢野区長らは、全員余剰員教室から退室して、区長室に戻ろうとしたが、同区長らが引き上げるに際しても、申請人は、鶴田助役に対し、「あんた、どこに行くんなちゃ」と食ってかかり、また、申請人ほか八人の職員が、同区長らに執ように付きまとい、申請人は、殊更、同区長らの耳元で、「こらあ、待たんか、こらあ」と怒鳴り、他の職員も、「何でなあ」「逃げるなあ、こっち来い」「この野郎」などと大声をあげて食い下がった。

(五)  これに対し、辻本助役が、持ち場復帰を指示し、これに従わないときは否認(欠務扱い)にする旨警告したが、申請人らは、「ふざけんな、おまい」「何か、貴様」「ふざけんな、この野郎、ちょっとこっち来てみい」などと怒鳴り、その後の辻本助役及び黒尾丸助役からの指示により持ち場に戻る際にも、「覚えておれ」と捨てぜりふを残した。

6  同日午前九時ころ以降

(一)  午前九時ころ、分会事務所横の自転車置場に駐車中のバイク四台に、組合団結示威のための赤布(縦一八センチメートル位、横二六センチメートル位)が結びつけられているのを発見したため、矢加部首席助役、辻本助役及び諧利夫助役が車両番号を控えていたところ、申請人、車両検査係の松田実(同分会書記長)ほか二人の職員が、組合事務所から出てきて、右助役らを取り囲み、同首席助役に対して、申請人が、語気鋭く「何しよっとな、何しよっとな」と詰め寄り、同首席助役が、「見れば分かるじゃないか」と答えると、松田が、「おまえの子供は気違いになりよろうが」と同首席助役を侮辱し、申請人も、「それでも親か」とあざ笑った。

(二)  さらに、現場を離れようとする矢加部首席助役らに対し、申請人が、「何か、待て、馬鹿か」と叫び、また、松田も、辻本助役に対し、「おい辻本、馬鹿、脳足りん、おい、インポ、馬鹿たれ」「おまえの中学生の子供が泣くぞ」などと罵声を浴びせた。

7  同日午後四時四五分ころ以降

(一)  矢野区長は、当日の始業開始後に発見された職員の乗用車等に結びつけられた赤布の処置について、門司鉄道管理局と打合わせの上、職員らにその撤去を求めることとし、午後四時二五分ころ、黒尾丸助役に命じて、業務用構内放送により、二回にわたり職員らに対し、右赤布の撤去を求めさせたが、職員らはこれに応じなかった。

(二)  そこで、矢加部首席助役、辻本助役、鶴田助役ほか二人の助役、門司鉄道管理局派遣職員五人、直方運輸長室職員二人及び直方鉄道公安室公安官五人は、矢野区長の指示により、第二庁舎一階資材事務所裏に赴き、辻本助役が、同所に駐車中の乗用車から赤布を撤去したところ、申請人、松田実ら四、五〇人の職員が、右助役らを取り囲み、「何しよるとか」「泥棒」と口々に大声で罵声を浴びせかけた。これに対し、同首席助役が持ち場復帰を指示したが、申請人、松田らは、なおも「出たら目なことをするな、返さんか」「誰んか分かっとやろ」と叫び続けた。

(三)  辻本助役が、引き続いて二台目の乗用車から赤布を撤去しようとしたところ、気動車運転士の井中裕が、同車のアンテナを握りしめて撤去を妨害し、また、その際、宮崎が倒れたことから、申請人らは、同助役を取り囲んで、運転検修係の片村毅が、「謝れ、暴力助役が」などと、また、宮崎が、「人の物を盗るな」「辻本、出ていけ」などと怒鳴り、申請人も、同助役の耳元で「どうしてくれるんか、辻本」「馬鹿野郎」「辻本、謝れ」と大声で怒鳴りつけた。さらに、同助役が持ち場復帰を指示したにもかかわらず、申請人は、「何を、辻本の馬鹿」「出ていけ」「泥棒」「おまいら、出ていけ」などと怒号し、他の職員らもこれに呼応したため、現場は大混乱となり、管理職は、矢野区長の指示により、現場から引き上げた。

8  同月一一日午前八時四九分ころ以降

(一)  午前八時四九分ころ、辻本助役、鶴田助役及び前田助役が余剰員教室における点呼を終えて退室しようとした際、野見山が同月九日付の同人の診断書を鶴田助役に手渡そうとしたところ、同助役が処理済であることを理由にその受領を拒否したことから、同室にいた職員らが、一斉に「何でや」「受け取れ」「何を言うか」などと大声をあげた。

(二)  鶴田助役らがこれを無視して退室しようとしたところ、申請人ら一五、六人の職員が、「こらあ、鶴田待て、こらあ」「ちょっと待てと言っとるっちゃ」などと怒鳴りながら追ってきた。そこで、辻本助役が持ち場復帰を指示したところ、申請人が、「こらあ、なんなっちゃ」と怒鳴り、その余の職員らも、「診断書を持ってきても受け取らんということやな」「そいでもあんた人間な」と言いながら詰め寄り、同助役らを取り囲んだ。そして、申請人らは、右助役らに対し、「鶴田!、鶴田!」「こらあ、助役」「辻本、何やあ」などと怒鳴り続けた。

(三)  この騒ぎを聞き付けて、矢野区長、矢加部首席助役、黒尾丸助役らが現場に駆け付け、同首席助役が、申請人らに対し持ち場復帰を指示したが、申請人は、なおも「おい鶴田、受け取れ、馬鹿じゃないか」と怒号し、黒尾丸助役が、「関係ない、部屋に戻りなさい」と通告したのに対しても、申請人は、「なし関係ないかあ、何で診断書を取らんとか」と怒鳴り返し、その後も、同区長らからの再三の持ち場復帰の指示にもかかわらず、申請人らは、「おい、矢野!、矢野!、貴様」「おい矢加部、馬鹿」「おい鶴田、おまいが一番悪い」「泥棒助役」などと怒鳴り続け、勤務場所に戻らなかった。

(四)  そのころ、松田実が現場に現われ、矢加部首席助役らに対し、「おい矢加部、おまい」「診断書は受け取らんとやろ、黒尾丸さんなあ」などと大声をあげたので、矢野区長が、「連絡もせんで不参になるのは当たり前だ、あんた達は持ち場に帰りなさい」と指示したところ、申請人は、同区長に対し、「俺達は死んでも関係ないのか」「朝、病院に行ったら、どうしようもないやろが」と怒鳴り、鶴田助役に対しても、「鶴田の馬鹿たれ」と怒鳴り付けた。

9  同年一二月六日午後五時二五分ころ以降

(一)  同月四日午前一〇時三分ころから余剰員教室で開催された余剰人員調整策説明会に際し、職員らが、「朝の業務指示で何も聞いていない」「強制やないか」「何が説明しますか、このあほう」などと大声で騒ぎ出し、矢野区長、矢加部首席助役、辻本助役らからの再三の注意にもかかわらず、「何が静かにしなさいか、このう」「一方的なこと言うな」「朝の業務指示は、捺印しよったけ聞いとらん」などと大声をあげて、説明会の開始を妨害し続け、その結果、一〇時九分ころから三五分ころまで右説明会を中断させた。

さらに、右説明会が終了した後、同区長らが退室しようとした際、職員らが腕組みをしてその退室を妨害し、同区長を取り囲んで、その耳元で、「まだ質問がある」「こんな説明の仕方でいいんか」「まだ説明は終わっていない」などと大声をあげ、同首席助役らが同区長を同室内から助け出した後も、職員ら二三人は、同区長らに執拗に付きまとい、辻本助役らからの再三の持ち場復帰の指示にもかかわらず、「説明せよ」「まだ質問がある」などと大声をあげ続け、その結果、一〇時五八分ころから一一時七分ころまで、正当な理由なくその勤務場所を離れた。

そのため、右説明会に参加した職員ら二三人が、九分ないし三五分間の否認扱いとなった。

(二)  同月六日午後五時二〇分ころ、申請人は、勤務終了後、分会事務所前で開かれた国労青年部の統一行動に参加し、同月四日の否認扱いについて抗議のため、同所に集合した約四〇人の職員とともに区長室に向かったが、区長室に通じる入り口の鍵がすべてかけられていたため、このうち一四、五人の職員が、中にいた辻本助役に対し、罵声を浴びせて、区長室前の引戸の下部を蹴ったりした後、五時二四分ころ、全員で検修庁舎一階の助役室に向かった。

(三)  辻本助役から電話連絡を受けて、検修助役室から退避しようとした前田助役及び鶴田助役は、松田実に発見され、約二〇人の職員から取り囲まれて、罵声を浴びせられたり、その行く手を妨げられたりしながら、第二庁舎二階の乗務員室に入ったところ、申請人ら約一〇人の職員が、乗務員室内に入り込み、右両助役のほか、先に乗務員室に来ていた辻本助役を取り囲んで、辻本助役らからの再三にわたる退去命令にも応じることなく、執拗に、「おい、こらあ」「否認の理由を言え」「おまい達、おれんようにするぞ」「おい、きさん、偉そうにするな」「おまいが出れ」などと罵声を浴びせた。

(四)  こうした騒ぎが生じたことを知り、資材事務室における余剰人員調整策説明会を切り上げ、乗務員室に隣接する運転室に入った矢加部首席助役は、乗務員室で辻本助役らに暴言、罵声を浴びせている職員らに対し、運転業務の妨害となるので全員退出するよう大声で通告したが、十数人の職員らは、こもごも「何が妨害か」「どこが妨害か」「何か、きさん」「おまいが出れ、喧しい」などと、大声を出して同首席助役に詰め寄り、さらに、「馬鹿野郎」「おまいが出れ」などと罵声を浴びせながら、同首席助役らを運転室の点呼場に押し込んでいった。そのため、運転室における点呼が不可能となり、同首席助役は、運転室にいた同気動車区の島田哲郎助役に対し、鉄道公安室への連絡を指示した。

なお、右運転室は、気動車運転士に対する点呼、業務連絡等に利用されるほか、門司鉄道管理局との直通電話が設置され、列車の運転状況の連絡をとる場所でもある。

(五)  申請人は、このような混乱の中で、矢加部首席助役や辻本助役に対し、「馬鹿野郎、きさん」「何か、きさん」「何か、おまえが出れ」などと怒鳴り散らし、申請人と向きあっていた島田助役が、業務妨害となるので退出するよう通告したのに対しても、「何か、おまいが出れ」と大声で怒鳴り返した。さらに、再び退出を命じた島田助役に対して、申請人は、身体を同助役に押し付ける格好で、「おまえはどこの誰か、どこの助役か、名前を言え」「どこの誰かも名のらない奴が何を言っているのか」などと、大声で執拗に食ってかかった。

(六)  これに対し、島田助役が、「ここは運転室だ、運転業務を妨害するのか、直ぐ出れ」と再度退出を命じたのに対し、申請人は、胸と腹とを突き出して、「こらっ名前を言わんか、おまえは誰か、どこの助役か、この馬鹿」と叫ぶなり、唇を尖らし、同助役の顔面より約一五センチメートルの距離から唾を吐きかけ、その唾は同助役の左頬にべっとりかかり、その雫が同助役の制服の左肩及び左胸に滴り落ちた。

なお、申請人は、疎乙第二八ないし第三四号証、第三五号証の一ないし一〇(直方気動車区管理職の上司宛報告書)の信用性について、前記「抗弁に対する認否及び申請人の反論」2に記載のとおり主張するが、右各報告書は、当裁判所の求めにより昭和六〇年一二月七日に提出されたものであるところ、当裁判所が被申請人に提出を促したのは同年一一月末であったことは当裁判所に顕著な事実であり、右各報告書の提出経緯に特に不自然な点は認められないこと、右各報告書の記載内容を検討すると、確かに複数の職員による発言や行動につき、「申請人ら」を主語とする例が多く見受けられるが、疎明資料を総合すると、申請人が、昭和五九年一二月六日前から、管理職との紛議に常に積極的に参加し、その言動自体、他の職員らと比べても、粗暴で、攻撃性が目立っていると認められることに照らすと、右の記載例もあながち不自然とまでは認められないこと、被申請人が職員を処分した場合、その効力につき裁判手続において争われる可能性が大きく、その証拠としてこうした報告書等が使用される可能性のあることは公知の事実であるから、管理職が、右のような報告書等を作成するに当たり、こうした事態を予想して、外部の目を意識することはむしろ当然であることをも考慮すると、申請人の右主張は到底採用できない。

また、申請人は、昭和五九年一二月六日に島田助役に対して唾を吐きかけたことを否認し、それに関連して、まず、疎乙第三五号証の一ないし一〇(昭和五九年一二月六日の事件に関する報告書)の信用性につき、前記「抗弁に対する認否及び申請人の反論」2に記載のとおり主張するが、同号証の一は、他の場合と異なり、同区長以外の現認者の報告書も作成されているのであるから、他の同区長作成の報告書と書式ないし記載事項が異なるのはむしろ当然であること、同号証の二は、疎乙第三号証とは、作成時期が異なる以上、その作成の都度、記載事項、表現方法等に微妙な食い違いの生じることはやむを得ないこと、疎乙第三五号証の三は、申請人の処分が予想されていたから、その行為の現認者の特定は重要な記載事項であり、また、疎明により認められる同首席助役が現場で「暴力助役」との罵声を浴びせられた当時の状況からすると、同首席助役による暴力行為の存否も当然記録すべき事項であったこと、同号証の四によれば、辻本助役は申請人のみを注視していたのではないから、その行為の一部のみを現認したとするのは極めて自然であること、また、申請人主張の前田助役の位置を前提としても、同助役が唾の吐きかけ行為を現認することは十分可能であること、同号証の七及び九に記載のある島田助役を回す行為につき、同助役らの報告書に記載がない点も、同助役らが事件直後の興奮により失念しあるいは書き落としたものとも考えられ、必ずしも矛盾するとは言えないこと(こうした記載内容の食い違いは、各自がその記憶に基づき作成したことを逆に裏付けるとも言える。)からすると、申請人の右主張も採用できない。

次に、申請人は、助役による唾の吐きかけ行為があったとするのは極めて不自然であるとして、前記「抗弁に対する認否及び申請人の反論」2の(九)記載のとおり旨主張するが、本件行為は、前認定のとおり、他の被処分行為とは異なり、申請人らが抗議のため集団で管理職の詰所に押し掛け、管理職らともみ合いながら、運転室内に押し込んでいき、狭い運転室内において、多数の者がひしめき合いながら激しく怒号し合った中での行為であるから、こうした状況下において、申請人が日ごろより興奮していたことは容易に推認され、したがって、あまり面識のない同助役に対して唾を吐きかける行為も、このような興奮状態の中では十分あり得ると認められること、また、前認定の経過の中で、申請人が同助役の左頬にべったりかかる程の唾を吐きかけたり、左頬の唾が、あごや首筋を伝うことなく、左肩や左胸に滴り落ちることは、経験則に照らしても十分可能性があること、同助役が無意識に顔を拭おうとしたのは、単なる反射行為に過ぎないと認められることからすると、申請人の右行為は決して不自然なものとは言えず、申請人の右主張も採用できない。

したがって、疎乙第二八ないし第三四号証、第三五号証の一ないし一〇の信用性につき、疑問を提起する申請人の前記各主張は、いずれも採用するに足りず、他に右信用性を否定すべき事情も認められないから、右の各疎明資料は、いずれも事件直後に作成された現認報告書として、十分信用に値するものと認められる。

三  次に、前認定行為の就業規則上の懲戒事由への該当性につき判断する。

1  昭和五九年七月二日午前八時四五分以降の行為について

申請人の当日の助役らに対する言動は、上司からの着席、静粛等の命令に従わず、鶴田助役の内山らに対するロッカー整理の業務指示を妨害し、上司に対する怒号、罵声を繰り返したものであり、就業規則六六条三号、一五号及び一七号に当たることは明らかである。

これにつき、申請人は、右の言動が、いずれも新たに余剰員となる内山らに対する七月以降の勤務指定を怠ったり、内山らからの勤務内容に関する質問に対しても、不誠実な対応をとる区当局に対する抗議に過ぎない旨主張するので検討するに、疎明によれば、内山は同年三月一二日から同年六月三〇日まで構内要員であったこと、直方気動車区では、従前、翌月分の勤務予定が前月二五日までに発表されていたところ、内山の七月の予定については、六月二五日までに発表がなく、内山からの問い合わせに対しても、井手口構内助役が「分からない」との返答を繰り返し、同月三〇日に、翌日以降の検修係への復帰を内山に伝達した際も、作業内容については、「帰れば分かる」とのみ答えたこと、内山は、労働組合を通じて、ようやく余剰員とされたことを知ったが、こうした当局のやり方に対して憤まんを覚え、また、七月二日、朝の点呼に際して、具体的勤務内容を質したところ、助役が「勤務表を見れば分かる」と答えたにとどまったことから、助役に対して前記の言動に及び、これに申請人を含む他の職員らが同調したことが認められる。しかしながら、疎明によれば、同日には、余剰員教室に勤務表及び時間割表が張り出され、それにより、内山らの各曜日ごとの時間割りが容易に知り得たこと、余剰員に対する講義等は、事前の準備を要する内容ではなく、その具体的な内容についても、同僚等を通じて容易に知り得たことが認められるのであり、内山の抗議は理由がなく、また、申請人自身は、その経験から、余剰員教室の勤務内容を熟知しており、内山に対して説明できる立場にあったこと、しかも、申請人らの言動が極めて上司を侮辱するものであることをも考慮すると、申請人の言動は正当な抗議行動とは到底認められず、違法なものと言わざるを得ない。

なお、申請人らによる余剰員教室への入室時刻、出務表への捺印状況及び点呼における非協力的態度は、いずれも就業規則に違反する疑いのある行為であるが、疎明によれば、申請人に対する弁明弁護手続において、処分事由として明示されていなかったものと認められるから、情状としてのみ考慮することとする。

2  同月六日午前八時四五分ころ以降の行為について

申請人の助役らに対する言動は、他の職員らとともに、上司に対し怒号、罵声を繰り返したものであり、就業規則に違反する疑いのある行為であるが、疎明によれば、申請人に対する弁明弁護手続において、処分事由として明示されていなかったものと認められるから、情状としてのみ考慮することとする。

3  同日午後〇時二〇分ころ以降の行為について

申請人の当日の助役らに対する言動は、天野に対して業務命令に直ちに従うよう促した助役らを取り囲み、怒号、罵声を浴びせることにより、その業務命令の執行を妨害したものであり、就業規則六六条一五号及び一七号に当たることは明らかである。

これに対し、申請人は、検修職員の派遣要請が午前一一時三〇分ころであり、集会は通常午後〇時四〇分ころには終了していたこと、天野は昼休み集会終了後出張に行く旨答えており、それで十分間に合うこと、数名の管理者が、集会を妨害する形で、直接分会長である天野に向かって割り込み、命令を伝達するまでの必要はなかったことから、本件は、当局が敢えて挑発的に集会中を狙い業務指示を行おうとして、自ら招いた混乱である旨主張するが、前認定のとおり、派遣要請は午後〇時二〇分ころであったこと、天野は集会が終わってから出張に行く旨答えたが、集会の終了時刻は決まったものではなく、しかも、直方駅に〇時五六分までに職員を派遣する必要があったことをも考慮すると、組合の集会中とはいえ、直ちに出張することを拒否した天野に対し、集会の中に割り込んで、出張を命じ、かつ、直ちに右命令に従うよう勧奨することは、管理職として当然の措置であり、その態様にも不当な点は認められないから、申請人の右主張も失当である。

4  同月二五日午前八時四五分ころ以降の行為について

(一)  余剰員教室からの不退去

勤務者でない申請人が、助役からの退室命令にもかかわらず、余剰員教室に滞留した行為は、上司の命令に違反し、助役らに無言の圧力をかけることにより同教室における点呼を妨害しようとしたものであり、就業規則六六条三号、一五号に当たることもまた明らかである。

これに対し、申請人は、当局から、「呼び捨て点呼」「立席」の強要などの点呼に名を借りた職員への威圧行為、組合活動に対する介入行為が繰り返し行われており、申請人らはかかる悪質な行為の中止を求めるための確認行為をしたに過ぎず、点呼自体には支障がなかった旨主張するが、疎明によれば、点呼の方法をめぐり、当局と組合間で争いのあったことは認められるものの、それによって、組合による点呼への立ち会いが正当化されるものではなく、申請人が組合の意思に基づき同室に入り込んだとも認められず、しかも、勤務者でない者が点呼の状況を監視する意図により七人も入り込めば、管理職に与える心理的影響から点呼を妨げるに足りるものと認められるから、申請人の右主張は理由がない。

(二)  助役らに対する言動

申請人の助役らに対する言動は、正当な理由もなく、上司に対し、怒号し、口汚なく罵声を浴びせたものであり、就業規則六六条一五号及び一七号に当たると認められる。

5  同年八月一〇日午前八時四五分ころ以降の行為について

申請人の当日の助役らに対する言動は、助役らに詰め寄り、取り囲むなどして、怒号、罵声を浴びせ、助役からの持ち場復帰命令にも従わなかったものであり、就業規則六六条三号、一五号及び一七号に当たると認められる。

これに対し、申請人は、野見山が同僚を通じて病欠の届け出をしたのに、当局がこれを認めず不参扱いにしたという理不尽な姿勢に対し、説明を求め、抗議したものに過ぎない旨主張するので検討するに、疎明によれば、前日、野見山は、早朝腹痛を起こし、病院で手当を受けて帰宅した午前七時三〇分ころ、母親に対し、仕事を休む旨の職場への連絡を、同僚の松田哲芳に電話で依頼するよう頼んだこと、同日の点呼に際し、鶴田助役が野見山を呼名した際、松田が、「腹痛で病院に行っている、電話で問い合わせして欲しい」旨申し出たこと、就業規則一二条によれば、「職員が遅刻、早退及び欠勤、欠務をする場合は…病気その他の事故によりやむを得ず予め届出ることができなかったときは、事後速やかに届出てその承諾を受けなければならない。」と規定されていること、直方気動車区では、従来急病で休んだ場合、管理職が職員の自宅に電話を入れて状態を聞き、出務表の当日欄には記入せず、その翌日、出勤した本人からの申し出に基づき「年休」又は「病欠」扱いとすることを許していたことが認められるところ、松田の右申し出は、野見山からの病欠の届け出の体裁を採っておらず、本人からの届け出もなかったのであるから、野見山を不参扱いにした当局の措置をあながち違法ということはできないが、点呼に際して、すでに本人が病気であることが判明しており、同助役が松田に対し更に事情説明を求めることにより、容易にその状況を把握し、後日の届け出の追完を促すこともできたはずであるから、当局の措置は極めて形式的であり柔軟さを欠いた点のあったことも否定できない。しかしながら、申請人の助役らに対する言動は、こうした措置に対する抗議行動としては、常軌を逸した執拗で粗暴かつ攻撃的なものであり、結局、申請人の右主張も採用できない。

6  同日午前九時ころ以降の行為について

申請人の当日の首席助役らに対する言動は、首席助役らに詰め寄り、侮辱し、罵声を浴びせるなどして、首席助役らの車両番号を控える業務を妨害したものであり、就業規則六六条三号、一五号及び一七号に当たる。

これに対し、申請人は、通勤用車両の組合活動のための使用禁止など規制強化を図る当局の姿勢に対する、親心を持って常識的に対応してほしいとの願いから出たものであり、業務妨害もなかった旨主張するが、職員の通勤用車両につき構内において組合活動のために使用することを禁止することに何ら違法な点はなく、また、この禁止に違反した車両の番号を控えるのは、管理職として当然の措置であり、しかも、申請人らの発言は、その内容からすると、抗議と言うより、口汚なく相手を侮辱し罵倒したに過ぎないものであり、かつ、首席助役らの業務を妨害するに足りるものと認められるから、申請人の右主張も採用できない。

7  同日午後四時四五分ころ以降の行為について

申請人の当日の首席助役らに対する言動は、赤布を撤去しようとした助役らに対して、集団で助役らを取り囲んで、怒号、罵声を浴びせ、助役らからの持ち場復帰の命令にも従わず、助役らの右業務を妨害したものであり、就業規則六六条三号、一五号及び一七号に当たることは明らかである。

これに対し、申請人は、申請人らの行動につき、職員が自分の車のアンテナに付けた小さな赤布を、当局が公安官を動員して撤去しようとしたことに対する当然の抗議であり、かつ、辻本助役が宮崎を押し倒したことに対する謝罪要求に過ぎない旨主張するが、通勤用車両につき構内において組合活動のために使用することを禁止することが適法であることは、前判示のとおりであり、当局が撤去しようとした赤布は、その大きさからすると、財産的価値の乏しいものと推認され、撤去しても破損を伴わないものであるから、前認定のとおり、二回にわたり構内放送で自主的撤去を求めた点をも勘案すると、当局による赤布撤去行為に何ら違法不当な点は認められず、また、前認定のとおり、宮崎が現場で倒れ、それが、辻本助役に対する「謝れ」との発言につながったのであるが、宮崎のその直後の発言内容に照らすと、宮崎が辻本助役に押し倒されたと認めることはできず、申請人の右主張も採用できない。

8  同月一一日午前八時四九分ころ以降の行為について

申請人の当日の助役らに対する言動は、集団で、助役らに詰め寄り、取り囲んで、怒号、罵声を浴びせ、助役らからの持ち場復帰の命令にも従わなかったものであり、就業規則六六条三号、一五号及び一七号に当たることも明らかである。

これに対し、申請人は、当局が職員の持参した診断書の受領を拒否したことに端を発するすべての職員の怒り、要求の現われである旨主張するが、野見山を不参扱いにした当局の措置に違法な点のないことは前判示のとおりであるから、右の不参扱いにつき処理済みであるとして、野見山から提出のあった診断書の受領を拒否したことにも、何ら違法な点はないと言うべきである。また、申請人らの言動は、助役らを口汚なく罵るなど、当局の措置に対する抗議の範囲を大きく逸脱しており、違法なものと言わざるを得ない。

9  同年一二月六日午後五時二五分ころ以降の行為について

申請人の当日の助役らに対する言動は、集団で区長室に押し掛け、不在と知るや、検修助役室に向かい、途中で発見した助役らを取り囲んで、罵声を浴びせ、右助役らが乗務員室に逃げ込むと、これに続いて乱入し、更に、助役らを運転室に押し込んでいき、再三の退去命令にもかかわらず滞留し、同所で助役らに対し怒号、罵声を浴びせるうち、申請人が島田助役に唾を吐きかけたものであり、しかも、こうした喧騒により、運転室における点呼が不能になったのであるから、就業規則六六条三号、一五号及び一七号に当たることは明らかである。

これに対し、申請人は、同月四日の職員の行動は、当局が、国労との団交打ち切り後に、「職員の派遣、職員の申し出による休職の取扱い(退職前提休職と復職前提休職との区別)、退職制度の見直し」という三項目提案の説明会に強制的に参加させたことに対する質問のためのものであり、同月六日の行動は、右のような四日の行動を否認扱いとした当局の姿勢に対する求釈明と撤回要求に過ぎない旨主張するが、労組との合意が成立していない段階とはいえ、職員にとって最も切実な問題である余剰人員の調整策に関する当局の方針を職員に説明する会を勤務時間中に開いたとしても、違法とすべき点はなく、また、疎明によれば、当日の点呼の際に、説明会を開催する旨告知されていたのであるから、前認定の説明会における職員の言動は、その発言内容、態様に照らし、右説明会を妨害するためのものであったことが明らかである。したがって、当局による否認扱いに何らの違法も認められないから、右処分に対する求釈明と撤回要求のための同月六日の行動は、何ら正当な根拠を欠くものと言わざるを得ない。

よって、申請人による前認定の各行為は、いずれも就業規則上の懲戒事由に該当するものと認められる。

四  再抗弁について判断する。

1  まず、疎明によれば、本件の背景事情について、次の事実が認められる。

(一)  被申請人は、その累積赤字が著しく増大する中で、業務の合理化を繰り返し、昭和五七年七月、第二次臨時行政調査会が、被申請人のいわゆる「分割・民営化」を打ち出し、新形態移行への準備措置として、被申請人に対し、生産性向上のための徹底的合理化を求めた後は、強力に合理化を押し進め、昭和五九年二月のダイヤ改正では、貨車部門の合理化・縮小化を実施した。その結果、被申請人全体として、約二万四〇〇〇人の余剰人員が生じ、直方気動車区においても、申請人の属する検査・検修係から、約四〇人の余剰人員が生じた。

こうした被申請人当局の合理化推進の方針に対して、国労は、合理化に反対する立場から、職場闘争強化を標ぼうし、これを受けて、国労門司地方本部も、当局への非協力闘争を繰り返し実施するとともに、業務命令に対してはまず抗議、抵抗するよう組合員を指導した。

(二)  被申請人は、昭和五七年一二月、それまで現場ごとに現場長と労働組合の分会とが労働条件に付いて協議していたいわゆる現場協議制を廃止して、以後、現場における労働組合との交渉を拒否し、職場規律の確保のため、職員に対する管理を次第に厳しくしていった。

そして、直方気動車区においても、当局は、昭和五八年七月から、朝の点呼の際に、職員に対し、立席及び敬称を付けない呼名に「はい」と答えることを求め、これに従わない場合は、勤務評価の対象にし、「はい」と返事をしない場合には、就労の意思なきものとみなす旨警告するようになり、また、管理職が、職員からの労働条件等に関する質問に全く答えなくなったため、点呼の際に、管理職と職員との間で、点呼の方法等をめぐり、しばしば紛争が生じるようになった。

なお、点呼の方法に関して、国会議員が同気動車区に調査に入り、それがマスコミに報道されるなどした結果、昭和五九年四月からは、呼名の際に職名を付している。

(三)  前記ダイヤ改正後、同気動車区の検修係のうち実際に業務に従事する所要員が一〇人に減少したため、検修係の職員は、一年に三箇月程度交替で実作業に就き、その余の期間は、実作業のない余剰員に組み込まれることとなった。同気動車区当局は、当初、余剰員を旧検修詰所で勤務時間中(午前八時四五分から午後五時二〇分まで)待機させていたが、その後、余剰員の詰所兼養成室(余剰員教室)として、講習室を充てることとし、昭和五九年三月七日、詰所を移転し、翌八日から、助役等による養成のための講義やグループ作業が開始された。

しかし、こうした講義等があるのは週二、三日、一日二、三時間にとどまり、その余の時間は待機とされた。また、余剰員の時間割表は、同年五月上旬から、黒板に書き出され、同年七月からは、月初めにその月の時間割表が張り出されるようになって、一日六時限の講義が予定されたが、そのとおり行われることはなく、従前どおりのペースにとどまった。その内容は、気動車検査標準基準規定の講義、気動車の電気配線図の作成及び説明、硬筆・公用文の講義等であり、同年一〇月からはハンマーとタガネを使っての技術教育が開始され、更に、同年一二月三日からは、余剰員一〇人程度に対して手歯止め及び手ブレーキのプレート板作成の指示が行われた。

2  また、疎明によれば、申請人の処分歴及び本件に関与した他の職員に対する処分内容につき、次のとおり認められる。

(一)  申請人は、昭和五七年一一月一四日の争議行為参加により、昭和五八年八月一日、戒告に処せられ、同年の入浴闘争参加により、同年一〇月二五日、厳重注意に処せられ、同年一一月一〇日の特技養成受講の業務命令違反により、昭和五九年四月一六日、三箇月一〇分の一の減給の通告を受けた(未発令)。

(二)  昭和五九年七月二日から同年一二月一四日までの間の余剰員教室関係者に対する処分は、分会書記長の松田実が停職一〇箇月、門司検修分科会常任委員の内山完造が停職三箇月、大原恭介が停職一箇月、宮崎陽行ほか三人が減給六箇月、椋本雅治ほか一人が減給三箇月、島津修が減給一箇月、片村毅ほか一人が戒告であり、その処分事由は、いずれも、助役らに対する暴言、罵声、押し掛けての抗議あるいはこれらによる業務妨害であった。

また、右の職員らの処分歴は、大原が停職一箇月及び減給一箇月一〇分の一の経験者である以外、すべて厳重注意までにとどまっている。

3  そこで、以上認定事実に基づき、懲戒権者である被申請人が申請人につき免職処分の選択を相当とした判断が、裁量の範囲を越えているかどうかを検討する。

疎明によれば、就業規則の定める懲戒処分は免職、停職、減給、戒告の四段階あることが認められるところ、このうち免職処分は、被処分者の職員たる地位を失わしめるという他の処分とは異なった重大な結果を招来するものであるから、その選択に当たっては、他の処分の選択に比較して、特に厳重な配慮を要するものと言うべきである。

ところで、申請人は、本件以前にも、戒告、厳重注意、更には減給(未発令)の処分歴を有しながら、反省の態度なく、企業秩序ないし規律を軽視して、職場で紛争が生じれば、積極的に参加して、集団中でも目立つほど粗暴かつ攻撃的な言動を行い、特に、上司である区長、助役らに対して、正当な理由もなく口汚なく罵る行為を繰り返した上、ついには、多数の管理職及び組合員らの面前で、助役に対し唾を吐きかける行為に及んだものであり、その結果、当該助役に与えた屈辱感、嫌悪感、不潔感等の精神的衝撃は大きく、企業秩序に与えた悪影響も軽視できないものであり、しかも、申請人は、その後も反省の態度なく、すべての責任が被申請人の側にある旨強弁していることなどを考慮すると、申請人の責任は重大であると言わなければならない。

しかし、反面、本件の背景事情としては、被申請人と申請人所属の国労とが事毎に鋭く対立し、それが申請人の職場である直方気動車区における当局と職員との関係に尖鋭な形で反映しており、前認定の申請人の行為は、いずれも個人的行動ではなく、こうした背景の下での他の組合員らとの集団的行動であったこと、また、申請人は分会の役員ではなく、唾の吐きかけを除いては、右の集団的行動の中で、特に指導的ないし中心的存在であったとまでは認められないこと、右の各行為は、ほとんどが被申請人の本来の業務である列車の運行業務とは直接関係のない場面におけるものであり、列車の運行自体への直接の影響もなかったこと、唾の吐きかけ行為も、傷害行為とは異なり、身体に対する苦痛、損傷を伴っていないこと、申請人が置かれた余剰員という地位は、実作業に就くことなく、毎日を講義、待機等により過ごし、実作業に復帰する目途も立たず、諸手当がないことによる減収も伴っており、それが非常に辛く厳しいものであることは想像に難くないこと、更に、同気動車区における職員管理は、職員側の極めて非協力的な姿勢に原因があるとはいえ、やや柔軟性を欠いた硬直的な対応も散見されること、本件処分前に申請人の受けた処分が減給処分(未発令)までにとどまっていることなど、申請人にとって汲むべき事情もあり、それに加えて、右集団的行動に参加した他の職員に対する各処分との軽重を比較するなど、諸般の事情を総合考慮すると、本件処分は、被申請人の企業秩序の維持確保の見地からも、その原因となった行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念に照らして合理性を欠き、裁量の範囲を超えたものと認めるのが相当である。したがって、本件処分は、被申請人による懲戒権の濫用であり、違法にして無効と言わざるを得ない。

よって、再抗弁は理由がある。

五  最後に、保全の必要性につき判断する。

疎明によれば、申請人は妻と二人暮らしであり、その生活費は申請人が被申請人から受ける給与により賄われていたこと、申請人は昭和六〇年三月一日以降の給与の支払いを受けていないことが認められ、右の事実によれば、申請人が被申請人の職員として処遇されず、被申請人から給与の支払いを全く受けられないとすれば、申請人に回復し難い損傷を生じるおそれがあるものと推認することができる。したがって、申請人が被る損害を回避するため、申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、かつ、被申請人に対して、本案第一審判決言渡までの給与の仮払いを命じる限度において、保全の必要性が認められ、その余の申請部分は、本案判決までの暫定的措置としての保全処分の趣旨を逸脱するものであるから、保全の必要性を欠くものと言うべきである。

なお、被申請人は、申請人が国労から給与相当額の支給を受けていることを理由に、保全の必要性がない旨主張するが、疎明によれば、確かに、申請人は、本件処分後、国労犠牲者救済規則に基づき、国労から給与相当額の支給を受けているものの、右支給金は、申請人が本案において勝訴した場合には返還を要するものであり、暫定的、臨時的なものと認められるから、右の支給を受けていることを理由に、保全の必要性を否定するのは相当でなく、被申請人の右主張は採用できない。

六  以上の次第で、申請人の本件申請は、主文第一、二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は保全の必要性が認められず、その性質上保証をもって疎明に代えるのも相当でないからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 中谷雄二郎 裁判官 久保雅文)

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